『人間を見ていると、ただの感情の塊が動いているふうにしか見えない』
- 龍之介

- 6月9日
- 読了時間: 2分
最近、ドラマで観たセリフ。
感情の塊。
感情の塊は社会的なルールに従って生きていて
皮一枚剥がせば、ドロドロした感情をすまし顔で隠し合い
日常を演じあってる
感情の塊同士
楽しい
嬉しい、悲しい
めんどくさい、ややこしい
不要、複雑
怒り
それぞれの塊
完全にわかりあえない
当たり前
なのに理解した気に陥る
自分の歪んだフィルター越しに
他人をわかった気になる
そして他人を傷つける
その傲慢さの引き金は他ならぬ自分自身の感情である
いつだって
後になって気づく
「もっと、大切にすべきだった」
自己嫌悪
この愚かなサイクルを
繰り返しながら、
いろんな感情に振り回されて
一生を終えるのだとしたら
それは、結構つらいことじゃないか
いやそんなことないか
すべてはわからない
人間として生まれ持ったこの初期装備は切っても切っても切り離せない
一生
だから言葉で自分を武装する
…なんて、最近、こんなこと考えたり考えなかったり
そういえばもう六月です
時間が過ぎるのは早いです
夏が来ますね!
でも冷える日もあって、いろいろ調整するのが難しいです
電車は一年中、体温調整が下手すぎて汗をかいている気がします、だから苦手です
最近は流行りのものがあるから、マスクの内側で1人、サウナみたいに汗をかきながら耐えています
朝の電車は、もっと苦手です、これから各々の戦場へ繰り出す方たちの圧倒的なエネルギーがヒリヒリし合っている気がします
ですが終電は、まあまあ好きです、一日を終えた戦士たちが、肩の力が抜けて、酔っている人もいたりして、なんだか仲間のような気がしなくもないです
そんな愛おしくも感じる感情の塊を今より理解できる感情の塊になって
もっとお芝居がしたいです
頑張ります
よろしくお願いいたします。





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